ごあいさつ
こんにちは。
岡谷市議会議員の土橋 学です。
このページを開いてくださって、
ありがとうございます。
私は、岡谷で生まれ、岡谷で育ちました。
さまざまな仕事や人との出会いを経験し、
現在は市議会議員として、皆さまの声を市政へ届ける
役割を担っています。
現場へ足を運び、話を聴き、ともに考える。
その姿勢を大切にしながら、
岡谷の未来に向き合ってまいります。

岡谷市議会議員
土橋 学
仕事への向き合い方
原点
私の原点
母の介護をきっかけに施設を探した経験から、まず現場を知ろうと介護の仕事に携わりました。制度や数字だけでは見えない困りごとがある——それが、今の「現場主義」の原点です。
声
市民の声を、未来へ
言葉になりにくい小さな声も受け止め、課題を整理し、議会で具体的に取り上げる。それが議員の役割だと考えています。
確認
現場へ行き、確かめる
議員の仕事は、机の上だけでは分かりません。現場に足を運び、自分の目と耳で確かめてから、考え、行動する。それを大切にしています。
私が歩んできた道
― すべての経験が、今につながる
ものづくり、医療・福祉、デジタル、地域での仕事や活動。
これまで経験してきた一つひとつの現場が、現在の議員活動の土台になっています。

01
ものづくりの現場から
大学卒業後、地元の銘板を製造する小さな工場で、品質管理の仕事に
就きました。
ものが形になる現場。そこから、私の社会人生活は始まりました。

02
人と向き合う仕事へ
その後、結婚式場のフロントへ。新郎新婦とご家族の、
一生に一度の日を支えました。
何を望んでいるのかを聴き、司会や余興の相談に乗り、
当日の進行を見届ける。
人の話に耳を傾け、
その願いを形にする——今の仕事の原点は、ここにあります。

03
技術と営業の最前線で
コンピュータが世に広まり始めた頃。半導体を扱う商社に移り、
電子部品の営業として、精密機器メーカーとの取引を担いました。
その後、ソフトウェアの世界へ。
工場の生産ライン管理システムや
病院の給与システムなどを提案・販売し、技術が現場をどう
変えていくのかを、この目で見てきました。

04
現場の声から、仕組みを生んだ
自動車整備工場向けのシステムを扱っていた頃、取引先の
板金工場の社長から、業界の厳しい状況を聞きました。
「板金工場には、普通のお客さんは来ない」
その言葉を聞き、会社が以前から保有していたものの、
使われていなかったブランド名「カーコンビニ倶楽部」を
活用することを提案しました。
数か月後、最初の店舗づくりが始まりました。私は本社に
掛け合い、初めての人でも相談しやすい店舗の外観整備を
提案しました。
開店当日には多くのお客様が訪れ、その後、カーコンビニ倶楽部は
全国360店舗を超える事業へと広がりました。
私はこの取り組みにより、営業約260人の中から社長賞をいただきました。
現場の困りごとを聴き、それを形にする。
この経験は、今、地域の課題に向き合う私の姿勢につながっています。

05
母の認知症が、すべてを変えた
母を預かってくれる施設が、どこにもありませんでした。
ならば自分で作ろうと、土地を用意し、業者に相談し、
市役所へも足を運びました。
そして、気づいたのです。
私は、介護というものを、何も知らない。
仕事を辞め、介護職の求人に応募しました。
ところが面接で問われたのは、介護のことではなく、
それまでの営業経験でした。
やがて、思いがけない話をいただきます。
「病院で、検診センターを立ち上げてほしい」
——そうして私は、総合病院で働くことになりました。
その後、病院の依頼を受け、
国際医療福祉大学大学院で医療経営を学ぶことになります。

07
医療を、経営の視点から学ぶ
病院から託され、国際医療福祉大学大学院で医療経営を学びました。
父母の介護のため、学びを中断する時期もありましたが、恩師に支えられながら大学院へ復学し、学びを続けました。
研究室では、DPC(入院医療費の仕組み)に関する教材づくりのプロジェクトに参加し、自ら担当した内容を修士論文としてまとめました。
医療は、目の前の患者さんを診るだけで成り立つものではありません。
制度があり、経営があり、人材があり、地域の暮らしがあります。
大学院では、医療を現場だけでなく、経営や地域全体の視点から考えることを学びました。
このとき身につけた考え方は、現在、市民病院や地域医療、医療DXなどについて市議会で質問や提案を行う際の土台となっています。
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11
岡谷へ、そして市政へ
すべての経験が、今につながる
帰郷後は、焼き鳥屋を営み、その後、コーチングの仕事を
始めました。
そして2023年4月、市議会議員として、市政に携わる
ことになりました。
ものづくり。営業。IT。医療・福祉。経営。そして子育て。
一つひとつの経験は、決して一直線ではありませんでした。
けれど、それぞれの現場で出会った人たちの声に耳を傾け、
悩みや課題に向き合ってきた時間は、すべて今につながって
います。
市民の声を聴き、現場で考え、行動する。
その積み重ねが、私の議員活動の原点であり、
岡谷の未来をともに創る力になっています。
これまでの歩みを、もう少し詳しく
私が市議会議員になるまでに、
どんな経験を重ねてきたのか。
友人が見た、議員になる前の私
2023年4月、岡谷市議会議員として初めて当選した際、友人の唐澤千明さんが、新聞社からの依頼を受けて私の紹介文を書いてくださいました。
当時の原稿を、ここに紹介します。
柔らかい物腰、じっくり話を聞き、怒った姿を見せたことがない。小学3年の女児を男手ひとつで育てる苦労人である。会社員、病院勤務、焼き鳥屋経営などに従事。大学院で医療福祉を学び、心理セラピストとして相談に乗るなかで、子のいじめに悩む母親など多くの人を見てきた。突然の市議選出馬には驚いたが、自らの父子家庭体験と苦しむ人を自分の力だけで救うことに限界を感じ、身近の環境を政治の力で変えなくてはとの強い思いがあったのだろう。市議としての活躍に期待したい。
(友人・唐澤千明/2023年4月の寄稿原稿)
土橋 学のひととなり
政策や議会活動だけでは伝わらない、




